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浦和地方裁判所 昭和52年(行ク)3号 決定

申請人 池上由香 外七名

被申請人 浦和市教育委員会

主文

1、被申請人が申請人高橋真紀(別紙当事者目録(7))に対し昭和五二年三月二二日付でなした同月三一日限り浦和市立岸中学校から退学させる処分は本案判決確定に至るまでその効力を停止する。

2、その余の申請人らの申請をいずれも却下する。

3、申請費用中、申請人高橋真紀と被申請人との間において生じた分は被申請人の負担とし、その余の申請人らと被申請人との間において生じた分は右申請人らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

「被申請人が昭和五二年四月一日付でなした申請人らに対する浦和市立岸中学校からの退学処分の執行は本案判決の確定に至るまでこれを停止する。」

との裁判を求め、右申請が認められないときは、

「被申請人が昭和五二年三月二二日付でなした申請人らを同年三月三一日限り浦和市立岸中学校から退学させる期限付行政処分の執行は本案判決の確定に至るまでこれを停止する。」

との裁判を求める。

第二当事者双方の主張

一  申請人ら主張の申請の理由は、以下二、1ないし4に付加する外、別紙(一)ないし(四)記載のとおりであり、被申請人の答弁および主張は、以下三に付加する外別紙意見書中申請の理由追加に対する答弁欄および申請の理由に対する答弁欄ならびに参考欄記載のとおりである。

二  申請人らの追加主張

1  別紙当事者目録(1)ないし(5)の申請人らは、いずれも、浦和市立岸中学校(以下本件中学校という)入学時から現在に至るまで同目録記載の各肩書地に居住しているものであるが、右申請人らの住民基本台帳法に基づく住民票(以下住民票という)記載の住所は、右申請人らが昭和五一年一二月七日ないし同月九日付で被申請人宛提出した区域外就学願書(疏乙第二号証)に前住所として記載されを場所とされていたところ、その後右区域外就学願書提出前の昭和五一年一二月中にそれぞれ前記肩書地に変更した。

2  申請人千葉洋平(当事者目録(6)の申請人)は、本件中学校入学当時から現在に至るまで川口市原町四番四一号に居住しているものであるが、右申請人の入学当時の住民票記載の住所は、当事者目録(6)の記載の肩書地であつたところ、その後前記区域外就学願書提出前の昭和五一年一二月中に右現実の住所に変更した。

3  申請人高橋直紀(当事者目録(7)の申請人)は、本件中学校入学当時から昭和五二年四月八日まで浦和市大谷場一五一一番地に居住していたものであり、住民票記載の住所も入学当時から右同所であつたが、その後前記区域外就学願書提出前の昭和五一年一二月九日住民票記載の住所を当事者目録(7)記載の肩書地に変更し、同五二年四月八日現実の住所も右肩書地に移転した。

4  申請人沖田潤子(当事者目録(8)の申請人)は、本件中学校入学当時から現在に至るまで当事者目録(8)記載の肩書地に居住しており、住民票記載の住所も右と同一の場所であつたが、昭和五一年一二月中に浦和市は職権で右申請人の住民票を消除したもので、申請人法定代理人が右事実を知つたのは昭和五二年三月である。なお、右申請人については住民票上の住所はどこにも在しない。

三  申請人らの追加主張に対する被申請人の答弁

二、1、2の事実は認める。

第三当裁判所の判断

一  別紙当事者目録(1)の申請人が昭和五〇年四月に、同目録(2)ないし(8)の申請人らが昭和五一年四月にそれぞれ本件中学校に入学し在籍していたこと、被申請人が昭和五二年四月一日をもって申請人らの学齢簿を抹消したこと、及び前記第二、二、1、2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  疎明によれば、被申請人が前記のように申請人らの学齢簿を抹消するに至つたまでの経緯につき、次の事実が認められる。

1  浦和市内の小中学校においては以前からいわゆる越境入学者が多く、被申請人は長年にわたつてこれを放置してきたが、昭和五一年一月からその是正措置を採るに至り、同月以降越境入学者と思われる児童生徒の保護者に対し再三にわたり文書もしくは口頭によつて現実に居住する地の学校に転校するように勧告し、さらに浦和市の住民登録の担当部局に対して越境入学者と思われる児童生徒の住所の再確認及び疑義ある場合の実態調査ならびにこれに基ずく住民票の記載に関する是正措置を依頼した。

2  右のような被申請人もしくは浦和市長の是正措置によつて当事者目録(1)ないし(5)、(7)の申請人らは同年一二月中に同目録記載の各肩書地へ、同目録(6)の申請人は現実の住所たる川口市原町四番四一号へ、それぞれ住民票上の住所を変更し、一方同目録(8)の申請人は浦和市長によつて職権で住民基本台帳から住民票が消除された。

そして同目録(1)ないし(7)の申請人らは右のように住民票上の住所を変更したことにともない、被申請人の指導に従つて、学校教育法施行令第九条に基づき、就学期間を昭和五一年一二月から同五二年三月末日として本件中学校への区域外就学願書を被申請人宛に提出し、これに対する被申請人の承認を得て右期間中本件中学校に就学し、また同目録(8)の申請人は右願書は提出しなかつたが、同様に右期間中本件中学校に就学していた。なおこの間同目録(1)ないし(7)の申請人らの学齢簿(学校教育法施行令第一条、第四条、同法施行規則第三〇条により住民票所在地の市町村教育委員会に編製義務がある。)は被申請人において区域外就学承認の旨を付記したうえ管理していたし、同目録(8)の申請人の学齢簿も消除されることなく被申請人において管理していた。

3  同目録(1)ないし(7)の申請人らは昭和五二年三月一〇日付で被申請人に対し、引続き本件中学校卒業時までの間の区域外就学願書を提出したが、被申請人はこれを承認しなかつた。

4  そして、被申請人は昭和五二年三月二二日申請人らの保護者宛「児童・生徒の転学手続について」と題する文書により、就学先変更又は区域外就学の許可期限が同年三月末までであるとして至急転校手続をとるよう要請し、引き続き昭和五二年四月一日、申請人らの学齢簿を抹消した(右抹消の事実は当事者間に争いがない。)。

三  そこで次に申請人ら主張のような被申請人による行政処分がなされたかどうかについて検討する。

1  申請人らはまず、被申請人は昭和五二年四月一日申請人らの学齢簿を抹消して申請人らに対して退学処分をしたと主張する。

2  そして、当事者目録(1)ないし(7)の申請人らは、昭和五一年一二月中に浦和市以外の土地に住民票上の住所を変更した上、就学期間を昭和五二年三月末日までとする区域外就学願書を被申請人宛に提出してその承認を得、また当事者目録(8)の申請人は昭和五一年一二月中浦和市長の職権により住民票の消除を受け、区域外就学願書を提出しなかつたが、昭和五二年三月末日までは本件中学校に就学しており、申請人らの学齢簿が抹消されたのが同年四月一日であることは前記のとおりである。また、被申請人の指定代理人に対する審尋の結果によると、被申請人においては、学齢簿は一枚の用紙に数名分を記載し、学校毎に簿冊として編製しており、児童生徒が他の市町村の区域に住所を移転しても、区域外就学が承認されて従前の小中学校に就学している期間中は、単に区域外就学の旨を記載するのみで、直ちに学齢簿から当該児童生徒を抹消しない取扱いであり、右取扱いがすべての教育委員会に通じた取扱いであるかどうかは兎も角、少くとも被申請人委員会のみに固有の取扱いではないことが疎明される。そうしてみると、一見、学齢簿の記載と児童生徒の就学すべき小中学校とは一致すべきものであり、申請人らは学齢簿から抹消されたことにより本件中学校の生徒たる身分を喪失せしめられたようにも見受けられる。

3  しかし、学校教育法施行令第一条の規定によると、学齢簿は市町村の教育委員会が当該市町村の住民基本台張に基づいて編製することになつており、更に、同法施行規則第三〇条の規定によると、学齢簿に記載すべき事項の一として、「学校教育法施行令第九条〔区域外就学等〕に定める手続により当該市町村の設置する小学校又は中学校以外の小学校又は中学校に就学する者について、当該学校及びその設置者の名称並びに当該学校に係る入学、転学、退学及び卒業の年月日」と定められているのであり、その他学校教育法施行令第三条、第四条の規定等から考えると、ほんらい、学齢簿は常に当該児童生徒の住所の存する市町村の教育委員会に存在すべきものであり、区域外就学が承認された場合にも就学する小中学校を設置している市町村の教育委員会に存在すべきものではなく、右市町村の教育委員会は、児童生徒の住所が当該市町村の区域内に存しなくなつたときは、区域外就学を承認する場合においても、すみやかに学齢簿から当該児童生徒を抹消するのが本来の取扱いであると解せられる。したがつて、学齢簿から或る児童生徒を抹消することは、必らずしも当該児童生徒をして従来就学していた小中学校に就学すべき身分を失わせるものではないから、たまたま被申請人浦和市教育委員会の取扱いがこれと異つて、恰かも一定の小中学校に関する学齢簿に児童生徒が記載されているか否かによつて当該児童生徒がその小中学校に就学すべきか否かが決定されると解されるような取扱いとなつているからといつて、右は便宜的な取扱いと解されるから、被申請人が昭和五二年四月一日学齢簿から申請人らを抹消したこと自体が本件中学校の生徒たる身分を喪失せしめる処分をしたことにあたると認めることはできない。しかも、右のように法令の規定と異る便宜的な取扱いが行われていることからいつても、学齢簿は単に小中学校に関する教育行政を適正円滑に遂行する必要上作成されるものにすぎず、その作成、記載の加除訂正、抹消等は専ら行政庁たる教育委員会の内部の事務処理として行われるものであつて、これにより直接児童生徒の身分に変動を生ぜしめる行政処分ではないと解するのが相当である。

4  しからば、申請人らに対してはなんら本件中学校の生徒たる身分を失わせるような行政処分はなされておらず、区域外就学を承認されていた当事者目録(1)ないし(7)の申請人については区域外就学を承認された期間の満了により、また、区域外就学の承認を求めなかつた右目録(8)の申請人については住民票の職権消除がなされた時点において、当然本件中学校の生徒たる身分を喪失したものと考えるべきか、それとも又、いずれかの時点において申請人らに対し本件中学校の生徒たる身分を失わせる被申請人の処分がなされたと認めるべきかにつて考えるに、或る市町村の区域内に住所の存しなくなつた児童生徒であつても区域外就学が承認される場合があるのであるし、期限の付せられた区域外就学が承認されていた場合にその期限が到来しても、再度区域外就学が承認される場合もないとはいえないのであるが、これらの手続には若干の期間を要すると考えられ、その期間中義務教育が中断されるべきではない点等を考えると、他の市町村に住所を移転した児童生徒の保護者が右児童生徒を従来就学していた小中学校に引続き就学させる意思のないことを明確にしたり、又は当該市町村の教育委員会が区域外就学の申請を不承認とし、又は後日その申請がなされても承認しない意向を明らかにするなどして、右児童生徒が引続き従来の小中学校に就学することを容認しない意思を明確にするまでは、右児童生徒の従来の小中学校への就学関係は消滅せず、教育委員会が右のような意思を明確にする行為は、たとえ明らかな成法上の根拠はなくとも、右児童生徒をして右小中学校の児童生徒たる身分を失わせる一の行政処分であり、教育委員会は当然右のような処分を行う権限を有するものと認めるのが相当である。そして、右のような処分を何と呼ぶべきかについては、一定の小中学校の児童生徒の身分を失わせる処分であるから、申請人らの用いるように退学処分と呼称するのが相当であろう。

5  そこで更に本件の場合右のような退学処分がなされたかどうか、果してなされたとすれば如何なる時点においてなされたかについて考えてみるに、被申請人においては、前示のように学齢簿を現実の就学状態にあわせるような便宜的取扱方法を採り、申請人らの住民票上の住所が浦和市内に存しなくなつた時点において直ちに申請人らを学齢簿から抹消する措置を採らず、当事者目録の(1)ないし(7)の申請人らについては承認された区域外就学の期限の満了の翌日である昭和五二年四月一日に、また、同目録の(8)の申請人についても同日に、学齢簿を抹消したのであるから、これによつて、被申請人は申請人らが引続き本件中学校に就学することを容認しない意思を明確にしたものと認めることができるけれども、被申請人はこれより先同年三月二二日付文書をもつて申請人らの保護者に対し、就学先変更又は区域外就学の許可期限が同月末までであるとして至急転校手続をとるよう要請して、右時点において既に申請人らが昭和五二年四月以降引続き本件中学校に就学することを容認しない意思を明確にしたと認められるのであるから、被申請人は右文書の送付により申請人らに対し昭和五二年四月一日以降本件中学校の生徒たる身分を失わせる期限付退学処分を行ったと認めるのが相当である(そこで、以下右退学処分を本件処分という。)。

四  申請人高橋真紀の申請について

疎明によれば、同申請人は本件中学校入学以来昭和五二年四月八日までその学区内である浦和市大谷場一五一一番地の、保護者が賃料月額三万円で賃借した六畳、四畳半、ダイニングキツチン、トイレ付のアパートの一室に居住していたこと、同申請人の住民票記載の住所は昭和五一年三月一四日から同年一二月九日まで右同所であったが、右同日別紙目録(7)記載の肩書地に変更したこと、そして、昭和五二年四月八日現実の住所を前記肩書地に移転したことが認められる。

右事実によれば、同申請人の昭和五一年一二月九日から同五二年四月七日までの間の住民票記載の住所は事実と合致せず、従つて、同申請人が右住民票記載の住所に居住することを前提として被申請人が同申請人に対してなした本件処分は違注といわざをを得ない(なお、同申請人に対してなされた前記二、2の区域外就学の承認、及び同二、3の区域外就学申請の不承認についても同様である。)。尤も、前記のとおり、同申請人はその後昭和五二年四月八日本件中学校の学区外である肩書地に住所を移転しているが、右住所の移動を原因として区域外就学の申請をし被申請人からその承認を得る余地が残されている以上右転居により直ちに本件中学校の生徒である身分を失つたものとはいえないから、右転居により本件処分の取消を求める利益が失われたものとすることはできない。結局、同申請人については行政事件訴訟法第二五条第三項に所謂本案について理由がないと見えるときに当らないというべきである。

また、疎明によれば、同申請人は本件処分により事案の性質上金銭をもつて償いえない回復困難な損害を生じ、右損害を避けるため緊急を要することが一応認められる。

五  申請人高橋真紀を除くその余の申請人らの申請について右申請人らの主張する本件処分の違法事由について順次判断する(本項中では申請人らというときは高橋真紀を除くその余の申請人らを指す。)。

1  申請人沖田潤子は、被申請人は右申請人の現実の住所の認定を誤り違法に同申請人の学齢簿を抹消したと主張する。

疎明によれば、申請人沖田潤子については、住民票記載の住所は入学時から昭和五一年一二月八日まで浦和市岸町一丁目一七番一二号小川方であつたが、同年九日浦和市長によつて職権で住民票の消除がなされ以後現在に至るまで住民票上の住所は存しないが、生活の本拠としての現実の住所は本件中学校入学時から昭和五一年八月頃まで川口市前川一丁目二三六二番地であり、その後は同市道合四四六番五号であると認められ、右事実によれば、浦和市長のなした右住民票の消除は適法であり、従つてこれに基づいてなされた同申請人に対する被申請人の本件処分も後記のとおり違法とはいい得ない。

2  次に、申請人らは本件処分は何ら法律上の根拠がなく、また申請人らの具体的就学先が明らかにされていないにもかかわらずなされたものであるから違法であると主張する。

しかし、前記三4に示したとおり、教育委員会は特に退学処分を行うことができる旨の成法上の根拠がなくても退学処分を行うことができるものと解すべきであるから、申請人らの住民票上の住所が本件中学校の学区内になく、且つ区域外就学の承認もない以上、被申請人のなした本件処分は違法とはいえない。

3  さらに、申請人らは、本件処分は申請人らの学習権、期待権を侵害し、権限の濫用にあたり違法であると主張する。

成程、申請人らは転校に伴つて申請人らの主張するような様々な不利益を受けるであろうことは想像するに難くないが、前記二、2において認定した経過により、沖田潤子を除くその余の申請人らは昭和五二年三月末日までの期間を限つて区域外就学の承認を得ていたのであるし、疎明によれば、申請人沖田潤子も被申請人から右期間中再三の転校の勧告を受けてきたのであつて、いずれにしても申請人らの保護者は、右期間経過後の同年四月以降は本件中学校の生徒たる身分を失わざるを得ない立場にあることを認識しえたはずであるから、申請人らが転校に伴って通常生ずるであろう不利益を蒙ることを以て本件処分を権限の濫用と断ずるを得ない。

また、疎明によれば、申請人らは現時点においてはいわゆる越境入学者のうち一部の者のみが申請人らと同じく転校を余儀なくされたとして、本件処分に対し不公平感を抱いていることが窺われるが、疎明によれば、右のような事態は被申請人の人的物的制約に基因するものとして容認し得る範囲に属し、被申請人が申請人らのみを恣意的に選択して本件処分を行つた事情は認められないので、右のような事態が生じたとしても、直ちに本件処分を権限の濫用あるいは裁量権を逸脱したものとはいえない。

換言すれば、いわゆる越境入学が長らく放置されてきたこと、これに対する是正措置が採られはじめたのも昭和五一年にはいつてからであること、是正措置を免れた者の存在すること、転校による環境の変化その他転校による不利益の軽視できないこと等の事情を考慮すると、被申請人が新三年生をも含む申請人らに対し今回本件処分を行つたことの是非については、これを妥当でないとする議論もあるであろう。しかし、もともと越境入学は住民基本台帳法に違反する虚偽の屈出に基く違法の行為であるから、その是正のために被申請人のとつた処置は、右のような事情が存する程度では、権限の濫用あるいは裁量権の範囲の逸脱として違法となるものとは到底いえず、要するに、被申請人が採つた処分の時期、相手方の範囲等の点は専ら行政庁たる被申請人の裁量権の範囲に属する事柄であつて、裁判所の容喙する限りではない。

また、右に示したように被申請人の処分が正当な権限に基いてなされたものであり、権限の濫用又は裁量権の範囲の逸脱とも認められない限りは、学習権、期待権の侵害であつて違法であるとの申請人らの主張も採用できないこと多言を要しない。

以上の次第であるから、申請人高橋真紀を除くその余の申請人らの本件申請は行政事件訴訟法第二五条第三項にいう本案について理由がないとみえるときに該当し、失当たるを免れない。

六  よつて、申請人高橋真紀の申請はこれを認容し、その余の申請人らの申請はいずれも却下すべきものとし、申請費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 今村三郎 萩原孟 染川周郎)

別紙(一) 執行停止決定申請書記載の申請の理由の要旨

一、別紙当事者目録記載の申請人(1)は昭和五〇年四月に、同申請人(2)ないし(8)は昭和五一年四月にそれぞれ浦和市立岸中学校(以下本件中学校と云う)に入学し、同校に在籍していたところ、被申請人は申請人らが越境生であることを理由に昭和五二年四月一日申請人らの学齢簿を抹消し転校処分をなした。

二、申請人らは右処分が申請人らの学習権を侵害するものであり、しかも今回の処分が越境是正の措置として不平等かつ不適切なものであつて、行政権の乱用にあたり違法であるので貴庁に対し昭和五二年四月一四日同年(行ウ)第五号事件をもつてその取消の訴を提起した。

三、しかし、申請人らに対する右転校処分をそのまゝ放置するとすれば同人らは次のような償うことのできない損害を被るに至るので申請人らは右処分の執行停止を求めるため本申請に及んだ。

(一) 申請人らは、本件中学校に入学以来一・二年を経過し、既に学内における人間関係が確立され環境にも順応している。具体的には教師との信頼関係・友人関係・クラブ活動における役割などが最も重要なものであり、これらが転校により全く覆えされることによる申請人らの不安はたえがたいものがある。

(二) 学校行事としての修学旅行・林間学校などについては、申請人らの期待が特に大きなものであり(その費用なども入学時から継続して積み立てている)、前述の人間関係の変化等によりその期待が半減することは明らかである。

(三) 本件中学校と転校予定校との間では各科目の授業進度に差異があり、また教科書についても平均三・四科目につき変更を余儀なくされる(たとえば転校先が川口市立南中学校の場合社会二科目数学・理科の各教科書が異なるうえ、社会科については本件中学校が地理・歴史を学年別に授業しているのに対し、地理・歴史を平行して二学年にまたがつて授業している)。こうした変更による申請人らの学業に対する不安も重大な問題である。

中学生は最も感受性の強い年頃であり、その心理の微妙な変化が学校嫌い・非行・不良化の原因となることは広く知られているところであるが、以上のような転校による不利益を申請人らが受けることにより同人らが教育不信・学校離れを引き起し不良化の道をたどる危険が著しい。

四、申請人らは現在も本件中学校に通学しているが、学校側はすでに申請人らの学籍がないとして教室に入れず授業を受けることを拒んでいる。そこで申請人らは、やむなく会議室で自習をしている状況であり、一刻も早く正常な通学ができるようにならないと増々その混乱は重大なものとなつてしまう。

別紙(二) 昭和五二年四月一九日付準備書面

第一申請の趣旨の変更

一、被申請人が昭和五二年四月一日付でなした申請人らに対する浦和市立岸中学校からの退学処分の執行は本案判決が確定するまでこれを停止する。

二、仮に第一項が認められないとしても、被申請人が昭和五二年三月二二日付けでなした申請人らを同年三月三一日限り浦和市立岸中学校を退学させる期限付行政処分の執行は本案判決が確定するまでこれを停止する。

第二申請の理由の追加

一、被申請人は、昭和五二年四月一日申請人らの学齢簿より本件中学校に在籍する旨の記載を各抹消せしめ同日付退学処分を外部に表示した。

二、仮にそうでないとしても昭和五二年三月二二日付「児童・生徒の転学手続きについて」と題する書面をもつて同月三一日限り本件中学校を退学させる旨の期限付退学処分の通知をなした。

三、右処分の違法事由は次のとおりである。

1、中学校の就学は義務教育である以上いかなる場合にもその機会を奪つたり間断を生じさせてはならない(学校教育法施行規則第一三条三項により懲戒処分としての退学が禁止されているのもこの理由からである)。

しかるに、今回の退学処分はなんらの法律上の根拠がなくしかも申請人らの具体的就学先が明らかにされていないにもかゝわらず、一方的になされたものであつて違法である。

特に、申請人沖田潤子の場合には後述のとおり違法に住民票を職権消除したものであり、「住民票の住所」がないのでどこにも学齢簿がなく、就学すべき中学校を指定される可能性がないにもかゝわらず退学処分にしたものである。

2、本件退学処分は、申請人らの学習権を侵害するものであつて違法である(本案訴状第二項(一))。

3、本件退学処分は不平等かつ行政権の乱用であり違法な処分である(本案訴状第二項(二))。

4、被申請人は申請人らを本件中学校に入学させ、今回の退学処分により一方的に本件中学校から除籍することは申請人らの同校を卒業できると云う期待権を奪うものであつて違法である。

5、申請人沖田潤子については浦和市岸町一丁目一七番一二号の住所に住んでいないとして昭和五二年一二月九日付で同人になんらの通知もなく被申請人の要請により浦和市が住民票を職権消除し、それに基づき被申請人が学齢簿の抹消をしたものであるが現に同人が右住所に住んでいる以上違法な抹消手続と云わねばならない。

従つて、これによる退学処分も違法と云うほかはない。

別紙(三) 訴状中準備書面による引用部分

二、しかしながら、右転校処分は次のとおり違法かつ不当でありこれに承服することはできない。

(一) 今回の転校処分は原告らの学習権を侵害するものである。

憲法第二六条は国民の教育を受ける権利を保障しており、その内容として子供自身に基本的人権としての学習権が付与されている。そして、学校教育が法令に定められた教育課程、指導要領等により一定基準でなされているもののその具体化につき各学校ごとに差異があり、それぞれの学校で入学から卒業まで一貫した教育がなされていること、また、学校教育と云う集団教育の場ではその集団の人間関係、生活環境が教育の重要部分を占めていることなどからして、こうした学習権は子供達が具体的に就学しているそれぞれの学校との関係で具体的な権利として保障されなければならず、しかも、この権利は子供達の当該学校への入学によつて当然付与されるものである。

一方子供が学校に就学している関係は、いわゆる在学契約(一種の附合契約であり入学と同時に成立するものと解せられている)に基づく権利関係としてもとらえられ学習権も当該学校との間の契約上の権利としての側面をも有している。

こうした公法上ないし私法上の権利としての学習権は、当該学校に入学し一度発生した以上は卒業に至るまで十分尊重されなければならず何人もみだりに変更してはならないものである。

原告らは、前述の通りそれぞれ本件中学校に入学したことにより、右のような具体的学習権を取得したものであるが、被告らのなした今回の転校処分はなんらの理由なく右学習権を侵害するものにほかならない。

(二) 被告らのなす今回の転校処分は、次のように不平等でしかも権利乱用に当り違法な処分である。

即ち

(1) 現在小・中学生の越境入学は全国的現象であるが、被告らのように大規模かつ強制的な是正措置はこれまでにほとんど類をみず、この問題につき他の市町村との著しく取扱いを異にしており公平を欠いている。しかも、被告らの管轄区域内ではこれまで多数の越境者を卒業させており、昭和五一年度も小・中学生を合せると一、七〇〇名の越境生が就学していたが、今回の被告らの転校処分は原告らを含む一部の越境生についてのみ実施され全く行政の不平等と云うほかはない。

(2) 被告らの管轄区域では昭和四二年頃までは一定の金員を市に対して支払う委託生と云う形が公然となされ、その後についてもほとんど越境生を取締ると云うようなことなく黙認されてきたのが実情であり、現に原告らの入学に際しても特別な審査がなされた訳けでもなく形式さえ整えば何人でも入学できる状況であつた。このように、これまで越境入学の問題を放置し自由に入学を許しておきながら十分な事前準備もしないまゝ突如就学途中でその変更を強制しようとするのは権利の乱用である。

別紙(四) 昭和五二年四月二五日付準備書面

一、申請人高橋真紀の住所について

右申請人の親権者は昭和五一年二月一八日申請人外中村義愛から浦和市大谷場一五一一番地豊泉荘三号室を借り受け同年三月から入居し申請人を含む家族五人が生活していた(それまで住んでいた家は事務所と兼用であつたため申請人の祖母のみが残つて住んでいた)。右アパートは六畳、四・五畳台所があり家族五人で住むには多少不自由であつたが、申請人の父が事務所と行き来していたので十分生活できた(疎甲第一〇号証は家賃の支払、疎甲第一一号証の一ないし五は電気料の支払、疎甲第一二号証の一ないし六はガス代の支払、疎甲第一三号証の一ないし五は水道料の支払、疎甲第一四号証の一・二は下水道料の支払、疎甲第一五号証の一ないし八は電話料の支払をそれぞれ示す。尚、欠落している月の領収書は紛失してしまつたものであり全て支払はなしている。また疎甲第一六号証の一ないし三は申請人宛の郵便物が届いていたことを示す)。

ところが、昭和五一年一二月になつて市役所から住所地に住んでいないから住民票を職権で消除する旨の通知を受けたため親権者らが市役所に行き現に住んでいる旨述べたところ、既に調査済みであるからとして全く受け付けられないばかりか、住民票を職権で消除して申請人を転校させると威されたためやむなく申請書肩書地に住民票を移転したうえ区域外就学願を出した。

その後も昭和五二年四月八日まで右アパートに生活していたが、右申請人が本件中学の就学を拒まれているため申請書肩書地に家族とともに転居したものである。

従つて、右住民票の移転は強迫によるものであり、右申請人の親権者の真摯な意思に基づくものでないばかりか、現に住居が右アパートであつた以上無効と云わねばならない。

申請人が処分された当時も住所は右アパートであつたから越境生ではなく、仮に越境是正のため退学処分をする権限を被申請人がもつているとしても右申請人に関しては違法である。

二、被申請人の区域外就学期間満了の主張について

被申請人は当事者目録(1)ないし(7)の各申請人については、期限付の区域外就学願に基き昭和五二年三月三一日まで本件中学校に就学していたのであり期間満了により当然同校の学籍を失う旨主張されるが、本来区域外就学の場合学校教育法施行令第一条・第四条・同法施行規則第三〇条によると住民票所在地に学齢簿があり同法施行令第九条の手続により区域外の学校に就学すると云う関係になるのに本件の場合審尋の結果によると右申請人らの学齢簿は昭和五二年三月三一日まで被申請人の管理されたまゝになつており、しかも被申請人は学齢簿により在学関係が基礎づけられていると云うのであるから被申請人において右申請人らから区域外就学願を出させているもののその取扱いは住民票が浦和市内にある者と同じと云うことになり、区域外就学者としてではなく区域内の就学者として法的措置をとつている。

従つて、期限付の区域外就学願がなされていても、法的意味ではその期限についてだけでなく区域外就学手続自体が無意味と云うほかはない。

意見書

右当事者間の昭和五二年(行ク)第三号行政処分執行停止決定申請事件について、被申請人はつぎのとおり意見を申し出る。

申請の趣旨の変更に対する答弁

申請人の申請はいずれも棄却するとの裁判を求める。

申請の理由追加に対する答弁

一、第一項は否認する。

昭和五十二年四月一日をもつて申請人らの学齢簿を消除した事実は認めるが、その余の事実については否認する。

二、第二項は否認する。

昭和五十二年三月二十二日付をもつて「児童・生徒の転学手続きについて」の文書を申請人らに発した事実は認める。当該文書の内容とするところは、申請人らの住所異動によつてその異動日以降昭和五十二年三月三十一日までの間について、学校教育法施行令第九条の規定に基づくところの区域外就学の承認期間が終了するので、その転校に必要な諸手続きの指導を目的とした事務連絡文書である。したがつて、その余の事実については否認する。(疎乙第一号証及び疎乙第二号証により疎明する。)

三、第三項第一号は否認する。

浦和市立岸中学校(以下「本件中学」という。)のような公立の義務教育中学校の場合、通常退学は認められていない。申請人らは、すでになされた住所異動により三月末をもつて区域外就学の承認期間が終了したので、申請人保護者は、義務教育の趣旨からしてすみやかに住所地の教育委員会が指定する学校へ申請人を転校させなければならないものである。したがつて、「具体的就学先が明らかにされていないにもかゝわらず、一方的になされたものであつて違法である。」と申請人は主張しているが否認する。

なお、申請人沖田潤子については浦和市岸町一丁目十七番十二号(小川方)に居住の事実がないため、住民基本台帳法施行令第十二条第一項の規定により住民票を消除したものであり、その経緯については後述のとおりである。

四、第三項第二号及び第三号は否認する。

本件中学の学区外に住所が異動した場合、学齢簿について所定の整理が行なわれることは学校教育法施行令第一条第二項の規定からして当然なことである。申請人の場合、昭和五十一年十二月九日付をもつて本件中学の学区内にあつた住民票が消除されたことに伴い、被申請人から申請人保護者に対し、再三にわたり口頭をもつてその後の諸手続きをすみやかにされたい旨指導したが、応じなかつたものである。したがつて被申請人が昭和五十二年四月一日をもつて申請人の学齢簿を消除したことは、手続的にもまた指導上からしても何んら違法な処分でなく、かつ行政権の乱用でもない。

五、第三項第四号は否認する。

申請人保護者は、かつて申請人を本件中学へ就学させることを目的として生活の本拠地は川口市内にあるにもかかわらず当該校の学区内に住民票を設け、本件中学に通学していたものである。このような行為は、それぞれの地域を単位とした義務教育制度の秩序をみだし、住民基本台帳法の趣旨にも反するので、これを容認することはできない。今回行なつた被申請人の処分は、申請人の住所がすでに本件中学の学区外へ異動されている事実からして、何んら一方的なものでなく当然な措置であり違法性はない。

六、第三項第五号は否認する。

本件申請人沖田潤子の家族構成及びその家族の住所異動状況は、次のとおりである。

家族構成(届出住民票による。)

世帯主 沖田彰成

妻   〃和恵

長女  〃弓子(昭和四十八年三月 岸中卒)

次女  〃聡子(昭和五十二年三月 岸中卒)

三女  〃潤子

住所異動の状況(疎乙第三号証により疎明する。)

昭和四十五年三月二十一日

川口市前川一丁目二、三六二番地から、浦和市岸町一丁目十七番十二号(小川方)へ全戸転入

昭和四十五年十二月一日

親権者沖田彰成のみ川口市前川一丁目二、三六二番地へ転出

昭和四十六年四月二十日

親権者沖田彰成、浦和市岸町一丁目十七番十二号(小川方)へ再転入

昭和四十六年十二月二十七日

親権者沖田彰成及び長女弓子の二人が川口市前川一丁目二、三六二番地へ再転出

昭和五十一年十二月九日

浦和市における住民票消除(対象・世帯主和恵・次女聡子・三女潤子)

以上の異動経緯に見られるごとく、申請人姉弓子、聡子の場合に於ても本件中学に就学することを目的として複雑な住所異動を行ない、通学し卒業した事実があつた。なお、申請人親権者沖田彰成は本件申請事件に際し住所を浦和市岸町一丁目十七番十二号としているが、現在そのような住民票の届出はされていない。次に住民票を消除するまでの経緯を述べると次のとおりである。

昭和五十一年十一月一日

申請人の居住実態確認のため、現地調査を実施した。(疎乙第四号証により疎明する。)

昭和五十一年十一月二日

右に同じ。不現住の事実を確認した。(疎乙第五号証により疎明する。)

昭和五十一年十二月一日

住所是正の催告文書を発送した。(疎乙第六号証により疎明する。)

昭和五十一年十二月九日

浦和市岸町一丁目十七番十二号(小川方)の住民票を、住民基本台帳法施行令第十二条第一項の規定により職権消除した。(疎乙第七号証により疎明する。)十二月十日付をもつて申請人保護者が居住していると思われる川口市前川一丁目二、三六二番地へ通知書を郵送した。本通知書は「あて先に尋ねあたりません」の表示がされ返送されてきた。(疎乙第八号証により疎明する。)

昭和五十一年十二月二十五日

送達不能につき、住民基本台帳法施行令第十二条第四項の規定にもとづき、住民票を消除した旨の告示をした。(疎乙第九号証により疎明する。)

以上述べたごとく、すでに所要の処置がなされており、また申請人姉聡子の場合本年三月本件中学を卒業し、同校の卒業者名簿の住所は「川口市道合四四六―五」と記載されているにもかかわらず、申請人は浦和市岸町一丁目十七番十二号(小川方)に居住していると主張している事は、全く理解し難い。

このような経緯からして、被申請人が申請人に対し行なつた処分は、何ら違法な措置とは考えていない。(疎乙第十号証により疎明する。)

なお、申請人十三人のうち次の三人については、昭和五十二年四月十五日に是正後の住民基本台帳住所地の教育委員会が指定した中学校へすでに転校手続がなされていることを付言する。

申請人 藤瀬早枝子

〃   藤瀬 匡利

〃   千代 佳子

申請の理由に対する答弁

申請人の申請はいずれも棄却する

との裁判を求める。

一、第一項は認める。

二、第二項は否認する。

就学区域の厳守は義務教育制度の基本である。申請人らの住所はすでに浦和市立岸中学校(以下「本件中学」という。)の学区外に異動されている。住所異動後本年三月末日までの期間につき、申請人保護者から被申請人に対し区域外就学願が提出されたのでこれを承認した。承認期間が終了した場合、申請人保護者はすみやかに住民基本台帳住所地の教育委員会が指定した学校に就学すべきものである。したがつて何ら申請人らの学習権を侵害すべきものでなく、また違法な処分でもない。

三、第三項はいずれも否認する。

四、(一)について

環境の変化による不安は常につきまといがちではあるが、中学時代の生徒の環境への順応は速く、幅広くいろいろなタイプの友人ができるものである。転校によって既成の人間関係を寸断されることにより環境への順応の速い年代であるので、この変化に打ち勝つことは容易であり、地域の生徒との交流を深めることにより円満な人間関係が早期に形成され、新しい生活ができ得るものである。

五、(二)について

公立中学校における修学旅行・林間学校は、埼玉県教育委員会制定「埼玉県公立小・中学校が行う校外における行事の実施基準の改訂について」により実施している。

本市より埼玉県内の公立中学校に転校する限り、申請者が転出先当該校において計画する学校行事に参加することにより不利益が生じることは考えられない。

なお、人間関係の変化等によりその期待が半減するという申請を否定するものではないが、転出先当該校において実施される修学旅行・林間学校に積極的に参加し、新しい級友と交流することにより、新たな人間関係が開かれてくることは将来に向つての人間形成を考えた場合教育的意義は大きなものがあり、不利益は生じない。

六、(三)について

中学校における教育課程及び教科等の授業時数は、学校教育法施行規則第五十三条、第五十四条、第五十四条の二の規定に基づいて編成乃至決定されるものである。さらに、中学校の教育指導計画は公立小中学校管理規則に基づき、学習指導要領の基準及び埼玉県基準教育課程の基準によつて定めるべきものである。したがつて、各中学校の教育課程及び教育指導計画は、多少の特徴をもちつつも、基本的には差異がないし、授業進度等についても大筋においては差異を生じないものである。

また、教科書は、教育課程の構成に応じて組織配列された教科の主たる教材として教授の用に供せられるもので、文部大臣の検定を経たもの又は文部省が著作の名儀を有するものである。したがつて、発行者により若干の特徴がみとめられるが、その基本的・基礎的な内容・配列等においては大差はなく、生徒の学習に支障をきたし、学力に差異を生ぜしめる恐れはない。

七、第四項について

申請人らの住所は、すでに本件中学の学区外に異動されている。したがつて、申請人らは住民基本台帳住所地の教育委員会に就学(転校手続)を申し出れば、直ちに受理されその日のうちに就学すべき学校が指定されるものである。現在本件中学に就学することのできない申請人が登校しているという不正常な事態は、すべて申請人保護者の一方的な判断によるものである。このような行為は、義務教育制度の秩序を根底から崩すので保護者として厳につつしむべきものであり、また学校教育法に定めるところの就学義務の違反に該当するものと言わざるを得ない。

〔参考〕 浦和市における越境入学の現況と防止対策

浦和市は、歴史的にも文教都市として発展成長をしてきた背景等からして教育的環境にも恵まれていた反面人口急増に伴う教育施設の整備あるいは学区問題・越境対策等多くの困難な課題をかかえ、いずもれ早急な解決をせまられ今日に至つている。

越境問題については、浦和市教育委員会の厳重な防止対策・指導にもかかわらず、近接他市等からの違法な区域外就学児童・生徒(以下「越境児童等」という。)が跡を絶たない状況である。昨年度において浦和市立小・中学校四十七校を通じての越境児童等は、推定一七〇〇人程度と見込まれていた。このうち市域の中心部に位置する浦和市立高砂小学校(以下「高砂小」という。)及び同校の在校生が進学する浦和市立岸中学校(以下「岸中」という。)における越境児童等の状況は、次のとおりであつた。

学校名 在校児童・生徒数 越境児童等 越境割合

高砂小    一六五八人 約四四〇人 二六・五%

岸中     一〇五五人 約四六〇人 四三・六%

であり、誠に驚くべき状況であつた。両校とも市街地の中心である商業地域を学区としており、統計的にも学区内の人口はここ十余年の間減少傾向を示しているにもかかわらず、児童・生徒の数だけは年々増え、昭和五十年四月において高砂小の場合、保有する特別教室七室のうち五室を普通教室として転用し、児童増に対処したという全く異常な事態をむかえた。このため正常な教育環境を維持するため地域住民・PTA等から越境児童等に対する是正対策を早急に講ぜられたい旨再三にわたり指摘・要望されていた。勿論これらの越境児童等は浦和市内の他校或いは他市町村においても見うけられるところであるが、このように多数が特定校に集中している例は全国的にも極めて希である。本市の場合、小学校一校を新設するのに用地費を含め約二十億円を要しており、たとえ住民登録を浦和市にしているとはいえ、そこに居住事実がなく他市等から通学している多くの越境児童等を知りつつこの状態を放置していることは、法的にもかつ住民感情としても許されることではない。加えてこれらの越境行為の是正についてはすでに多くの文部省通達が出されており、教育及び財政上においても次に掲げるような弊害が各方面から指摘されているところである。

(一) 義務教育では地域社会を十分に理解することが基本であり、それによつて地域を愛し、望ましい人間関係を生じることとなって、教育の目指す人間性豊かな児童・生徒が育成される。従つて住所と学校の地域が異ることにはこの基本において問題がある。

(二) 通学区域以外への学校へ通学していることが近隣の児童・生徒との交友関係を疎遠にし、次第に排他的となったり、又は逆に閉鎖的となつてしまうことが考えられる。

(三) 通学途上における非行への誘惑の機会が多く、教師や保護者の指導の目が屈きにくい。問題が生じても、遠距離のため教師による保護者の面接指導が困難である。

(四) 通学によるエネルギーの消耗が多く、体育的部活動が不十分になつたり、家庭学習の時間が不足しがちで心身の調和のとれた発達という点でも一考を要する。

(五) 地域ごとのグループによる諸活動や社会体育等においても、地域社会への意識が低くその活動への参加が消極的となつて少年時代に身につけるべき健全なる心身の発達が遅滞しがちである。

(六) 学校施設、特に校舎建設の場合、その規模はその校の将来の児童・生徒数及びその推計により決定され、その財源となる国庫補助・起債等も同様児童・生徒数及びその推計数如何によるものであり、この把握が出来ないと学校建設上大いに支障となるものである。

第一次是正対策(昭和五十年度)

一、昭和五十一年一月、違法な区域外就学をしていると思われる児童・生徒の保護者全員に対し「実際居住地の学校に転校されたい。」旨の文書勧告を行つた。

二、昭和五十一年二月、新年度小学校及び中学校に入学する児童・生徒の保護者全員に対し「住民票の空寄留等によつて希望校に入学することのないように、またこのような方法により入学し、違反事実が判明した場合は、実際の居住地の学校へ学期末等をもつて転学していただく方針であることを明確に示した」旨の文書を配付した。

第二次是正対策(昭和五十一年度)

一、昭和五十一年九月、市の住民登録担当部に対し、越境と思われる児童・生徒の住所の再確認及び疑義のある場合の実態調査を依頼した。

二、昭和五十一年十一月、違法な区域外就学をしていると思われる児童・生徒の保護者全員に対し、第二回目の「是正勧告」を文書で行つた。

三、昭和五十一年十二月、小学校六年生の区域外就学と思われる児童・生徒の保護者に対し本年一月二十日までに住所の是正手続をされたい旨の是正勧告を文書で行つた。

四、昭和五十二年一月、残留保護者全員に対し、本年一月二十五日までに住所の是正手続をされたい旨第三回目の是正勧告を文書で行った。

五、昭和五十二年二月、新年度小学校及び中学校に入学する児童・生徒の保護者全員に対し、違法な住民登録によつて希望校に入学することのないように、また、このような行為により入学の事実が判明した場合は、その日の属する学期末をもつて転校していただく方針である旨明確に示した文書を配付した。

六、昭和五十二年三月、残留保護者全員に対し、第四回目の是正勧告を文書で行った。

その他、一部保護者の居所を訪問し、是正方の指導を行った。

以上述べた一連の是正勧告の結果、本年三月十四日までに是正手続を完了したものは、九五〇人であつた。市教委としては、違法な区域外就学がもたらす社会的影響にかんがみ、今後とも一層厳量にこれらの行為防止のため関係機関並びに保護者に対し協力を求めるとともに、かかる事態が生ずる原因と思われる学校差の解消のため適正な教員配置・施設設備の充実等についてなお一層の努力を続けているところである。

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